今月の地理写真

このページは、国士舘大学地理学教室の教員が世界各地で撮影した写真をもとに構成しています。
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Vol.26-07 2024年7月

イスタンブールの歴史地区1:トプカプ宮殿 内田 順文

 ヨーロッパとアジアの境界であるボスポラス海峡を望むイスタンブールは、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世によって330年に東ローマ帝国の首都となって以降、1923年にトルコ共和国の首都がアンカラへ移転するまで、1600年にわたって首都であり続けました。そのためこの街は、古代ローマの遺跡からキリスト教の教会跡そしてイスラム教の盟主であったオスマン帝国に至る多様な建造物によって彩られています(写真1)。これらの歴史的建造物群は、1985年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

 オスマン帝国の第7代スルタンであるメフメト2世は、1453年ビザンティン帝国の首都コンスタンティノープルを陥落させ、この都市をイスタンブールに改名すると、その6年後にコンスタンティノープルの中心であった丘の上に宮殿を建設、その後も後継者である多くのスルタンが増築を重ね、総面積70万㎡の広大な宮殿となりました(写真2)。

 トプカプ宮殿への道は旧市街にあるアヤ・ソフィアの裏手にある皇帝の門で、そこをくぐると広大な第1庭園があり、その先にある送迎門からが有料の区域となります(写真3)。送迎門の先は第2庭園で、ここからはハレムの裏面にある議会場とそれに隣接する正義の塔が間近に見られ(写真4)、さらに奥へ行くと幸福の門があります(写真5)。

 幸福の門から先はかつてのスルタンの居住区画で内廷(第3庭園)と呼ばれ、かつてスルタンが各国からの賓客との面談に使用した謁見の間やアフメト3世の図書館などがあります(写真6)。第3庭園の北側にはスルタンの私室があり、イズニックタイルで装飾された4つの部屋で構成されています(写真7)。

 敷地の最も奥にある第4庭園はスルタンのための庭園で、金閣湾が一望できる大理石のテラス、色とりどりの季節の花々が咲く広い庭園、色鮮やかなイズニックタイルやキュタフヤタイルの数々、大理石を贅沢に使った柱廊や建物などがあり、スルタンの中庭の名にふさわしいものばかりです。金閣湾を望む宮殿の北東端にあるキョシュキュ(キオスク:四阿)がバーダッド・キョシュキュで、1638年にムラート4世がバグダッド遠征に成功した記念碑的な建物です(写真8、9)。キョシュキュ前にあるテラスからは金閣湾の向こうに対岸のイスタンブール新市街が見え(写真10)、庭園の南端にある宝物館前のテラスからはボスポラス海峡を挟んでヨーロッパ側とアジア側を眺めることができます(写真11)

2015年 内田順文 撮影

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