イスタンブールの歴史地区3:スルタンアフメト・ジャミイや地下宮殿など 内田 順文
この記事はNo.307(2025年4月)「イスタンブールの歴史地区2:アヤソフィア」のつづきになります。世界遺産「イスタンブールの歴史地区」には、トプカプ宮殿・アヤソフィア以外にも多くの建造物が指定されています。今回はそれらを紹介していきましょう。
アヤソフィアから見るとトプカプ宮殿とは反対側、スルタンアフメト公園を挟んで南方に位置するのがスルタンアフメト・ジャミイ(モスク)です(写真1)。アフメト1世の命によって1616年に完成したこのモスクは、優雅なドームと6基のミナレットによる美しいシルエットで有名で、ドームと壁を飾る青いタイルから「ブルー・モスク」とも呼ばれています(写真2)。大ドームを戴く礼拝所からはユリ、カーネーション、チューリップなどのデザインがイズニック産の青いタイルで描かれ、無数の小窓に付けられたステンドグラスから差し込む光によって彩りが時間とともに変化していきます(写真3)。
モスクに隣接したスルタンアフメト広場はビザンチン帝国時代にヒッポドロームと呼ばれる戦車競技場があったところで、コンスタンティヌス1世によって遷都されて以来、帝国の中心として機能しました。2基のオベリスクが現在も残っています(写真4、写真5)。スレイマニエ・ジャミイは、イスタンブールに建設された4番目の総合施設であり、またスレイマン1世がイスタンブールを治めた4番目のスルタンだったことに因んで4基のミナレットが付けられました(写真6)。オスマン帝国最高の建築家ミマル・スィナンの代表的な作品で、金角湾を見下ろす高台の上に建っています(写真7)。 地下宮殿(イエレバタン・サライ)はイスタンブールにあるビザンチン時代の貯水池の中でも最も大規模なもので、1960年代までは階段付近のごく一部だけが水面に出ているだけでしたが、その後水が抜かれて内部に足場板が付けられ、1987年に一般公開されるようになりました(写真8)。28本の大理石の柱が12列並び、ビザンチン時代のコリント式柱頭が付いている物も多く見られます(写真9)。イスタンブールの旧市街を西側の陸路からの攻撃から守るため、古代ローマ時代より長大な城壁が建設されましたが、現在残っている城壁の大部分はテオドシウス2世が413年に完成させたものです(写真10)。三重の壁で守られた城壁には10の大門が設けられており、それらは修復されて現在も通行に利用されています(写真11)。











(2015年 内田順文 撮影)