オーストリア・チロル地方:トリンス 長島 弘道
オーストリアのチロル地方には、折があったら行ってみたいと思っていました。2008年、スイス・ルツェルンで行われた妻の関係の会合に同伴者として参加。終了後、チューリッヒから列車でインスブルックに移動し、そこに2泊、翌日トリンスに向かいました。インスブルックから列車(国鉄、OBB)で24分、そこから路線バスに乗車約20分でトリンスにつきます。(注1)
トリンスの宿泊は、農家民宿を想定していました。宿舎をどこにするかについては、たまたまオーストリアの知り合いが送ってくれた冊子「‘Urlaub am Bauernhof’in Tirol(チロルの‘農家での休暇’、2002頃発行)」が手元にありましたので、それを参考に選び、そこにメールをしました。幸い先方から返事がありそこに決めました。それが写真1の“Farberhof“です。この民宿では夕食はないので、近くの他の民宿(2軒)に出かけました。日程的には2泊3日と短期間でしたが、チロルの農家、農村の一端を垣間見ることができ、多々収穫がありました。

いずれもチロル地方の農家民宿に関する冊子から引用
左 ‘農家での休暇’のシンボルマーク(注2)
右 「チロルの‘農家での休暇’」の民宿紹介(注3)

所有者 1698年フランツ・トースト~1982年ピーター・トースト
右下看板:空室あり、シャワー・トイレ付

写真中央部、白く見えるのは干し草を円筒状に束ねた「干し草ロール」。(この家の牧草地であるかどうかは未確認)

途中、キノコ狩りに来ている一般の人を見かける。トースト家のアルムに行くには、この地区にアルムを所有している農家が共同で車両用通路に設置した専用の門を開けて中に入る。

トースト家の女主人の弟(大工)が建てたとのこと。彼女曰く:疲れた時にはここにくる。客が宿泊することも可能。

農機具(ヘイレイキ)を用いて刈り取って乾燥した牧草を寄せ集める。左手の牧草地には岩塊が目立つ。

セルデは、トリンスの西、一般車両通行終点、標高1300m。この道は徒歩か自転車で登る。伝統的な方法で乾燥した干し草、牧草地、その奥には何頭かの牛。(注4)

谷幅が広い。右手:農機具収納小屋、奥の建物:干し草置き場

標高:1472m。この谷最奥部の宿泊施設。乳母車を押して登ってくる人もいる。敷地内の木に山頂部の“BRENER HUTTE ”の案内板が掛けてある。(注5)

トラクターは農作業に不可欠、薪は生活のために不可欠。

100年前のチロルの暮らしがテーマの屋外博物館。上部の橋の長さ40m。

川には大きい石が多い。

歩道に置かれた案内板:“Heute Platz-Konzert”(本日 野外コンサート)

この地方独特の衣装に身をつつみパレードをしながらコンサート会場に向かう。このようなブラスバンドグループは、チロル地方に多数あるとのこと。
(注1)トリンスはクシュニッツ川(谷)の流域に位置するひとつの自治体、人口2001年1191人。なお、下車駅シュタイナハからイタリアとの国境駅ブレネロ(ブレンナー峠)までは距離14km、 所要時間16分。
(注2)‘Urlaub am bauernhof’の英語表記は‘Farm Holiday’。ここでは‘農家での休暇’とする。オーストリアにおいて旅行者に宿泊を提供する農家を調整する組織が一部の地域でつくられたのは1970年代のはじめ、1991年には連邦政府、州政府、農家の代表等で構成される全国的な組織“Austrian Farm Holiday Association”(オーストリア‘農家での休暇’協会)が設立された。1993年から協会による施設内容を基準に資格審査が実施され、その結果が花マーク(二つ花~四つ花)で示されるようになった。
(注3)「チロルの‘農家での休暇’」と称する冊子には、この地方の農家民宿379戸が紹介されている。記載されている内容の概略は以下の通り。標高:1214m、資格審査結果:四つ花。立地条件:静か、陽当たりがよい、近くに小川あり。部屋数、設備内容、飼育している動物、申し込みにより乗馬・そり・サイクリング可。下段の雪の結晶マーク:冬貸室あり等。
(注4)岩塊のある急斜面とは対照的な道路沿いの整備された牧草地。牧草は刈り入れ時期をずらして栽培されている。
(注5)“BREMER HUTTE”:標高2413m、1897年開設。
(2008年8月3日‐4日 名誉教授 長島弘道 撮影)